明治維新を支えた男 白石正一郎日記に見る幕末

第1部 前夜(7)桜田門外の変の情報も入った 編集委員・宮本雅史

下関はモノ、ヒト、情報が行き交う場所だった。室町から江戸にかけては朝鮮からの通信使も上陸した=山口県下関市(宮本雅史撮影)
下関はモノ、ヒト、情報が行き交う場所だった。室町から江戸にかけては朝鮮からの通信使も上陸した=山口県下関市(宮本雅史撮影)

  安政7(1860)年は元号が変わり、万延(まんえん)元年になった。長門国(ながとのくに)・竹崎浦(山口県下関市)の荷受問屋「小倉屋」は毎年、狩野常信(かのう・つねのぶ)筆の松竹梅図を床の間に掛け、新年を迎える。当主の白石正一郎(しらいし・しょういちろう)は、尊攘の思いを同じくする福岡藩士、平野次郎國臣(くにおみ)と薩摩藩士、高崎善兵衛と新年を迎えた。

 万延に入ると、白石家は急速に尊攘運動の情報伝達の場となっていく。藩士たちに幕府への反発が急速に高まったからだ。

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