明治維新を支えた男 白石正一郎日記に見る幕末

第3部 新時代(3)高杉の死…表舞台を去る 編集委員・宮本雅史

挙兵した功山寺にある高杉晋作の像。盟友の死は白石正一郎に大きな影響を与えた=山口県下関市(宮本雅史撮影)
挙兵した功山寺にある高杉晋作の像。盟友の死は白石正一郎に大きな影響を与えた=山口県下関市(宮本雅史撮影)

 盟友・高杉晋作の死、大政奉還、そして王政復古の大号令-。慶応3(1867)年は新時代の幕開けに向かい、激しく動いていた。そんな中、長州藩の尊攘運動に奔走してきた山口・下関の荷受問屋「小倉屋」の当主、白石正一郎(しらいし・しょういちろう)の周辺も騒がしい日々が続いた。

 年が明けた慶応4(1868)年1月3日には、旧幕府側と薩摩・長州藩を中心とする新政府側が衝突した鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦いが始まる。この戦いは戊辰(ぼしん)戦争につながる。高杉がつくった長州藩の奇兵隊は、下関を防衛するため極楽寺(下関)に兵を集めた。

有料会員向け記事こちらは有料会員記事です (会員サービスについて)

産経ニュース会員(無料)に登録している方は、ログイン後に有料会員登録を行ってください