国難に思う

情報の渦から身を引きはがせ 先崎彰容・日本大教授

月明かりに照らされる、東京電力福島第1原発事故の避難者らが生活する仮設住宅=9日夜、福島県いわき市
月明かりに照らされる、東京電力福島第1原発事故の避難者らが生活する仮設住宅=9日夜、福島県いわき市

 9年前の今日、3月11日、東日本大震災が発生した。筆者は当時、福島県いわき市在住の私大教員であった。東京電力福島第1原発(1F)から大学までは40キロ弱、日本で一番1Fに近い大学に勤務していた。

 直後、埼玉県にある妹夫婦の家など転々としながら、いわき市の自宅に荷物を取りに帰ったのは3月24日のことである。消防自衛隊以外の車両は原則通行禁止の常磐道を、特別許可がおりたバスで向かう途中、車内は沈黙したままだった。下車する乗客全員がマスクをしている光景を見たのは、この時がはじめてである。市内に留まった人たちも、マスク姿だった。政府の指示と連携は遅れており、飲料水もまだ届いていなかった。私のリュックの中では、カップラーメンと缶詰、ペットボトルの水が触れ合う音がしていた。その時の精神状態は、密林の中で、見えない敵に怯(おび)えながら前進する兵士のようなものだったのかもしれない。つい2週間前の「平凡」な光景が、一瞬にして瓦解(がかい)することを、この時しった。

 だから震災から1カ月、私が経験した2つの出来事を以下に記し、令和2年の日本国民に警世の一文を草したいと思う。

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