台湾日本人物語 統治時代の真実

(4)鴎外父子「医のバトン」

森於菟
森於菟

 文豪の森鴎外は明治28(1895)年5月末、初代台湾総督、樺山資紀(かばやま・すけのり)らとともに、抵抗武装勢力と戦い、日本の統治を推し進める「第一陣」として、台湾へ入った。作家としてではない。軍医としてである。

 日清戦争に従軍していた鴎外が、新たに台湾行きを告げられたのは同23日。鴎外の『徂征(そせい)日記』にはこうある。《(翌)二十四日。午後六時樺山台湾総督と横浜号舶に上り(広島の)宇品を発す…》(『鴎外全集』から、以下同)。

 台湾に着いた鴎外は、征台軍の進軍とともに北方の港町・基隆から台北へと向かい、早速、活動を始めている。6月15日《近衛(師団の)避病室(伝染病の隔離病棟)を巡視す…》。17日《(日本統治が正式に始まったことを示す)始政祝典を行はる》。24日《台北の兵舎を巡視す》。

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