宮家邦彦のWorld Watch

「不世出の外交官」岡本氏しのぶ

2003年、イラクを占領統治するブレマー連合国暫定当局代表と会談する岡本行夫・首相補佐官(左)(当時)=バグダッド(村上大介撮影)
2003年、イラクを占領統治するブレマー連合国暫定当局代表と会談する岡本行夫・首相補佐官(左)(当時)=バグダッド(村上大介撮影)

 あの岡本行夫が逝(い)ったなんて今でも信じられない。冷戦後の安保政策を立案・実行した先輩は少なくないが、彼の活躍は群を抜いていた。筆者を含め外務省には今も岡本氏を「親分」と慕うグループがいるが、彼の魅力は「人情味ある親分肌」だけではない。岡本氏の真骨頂は発想力、行動力、説得力の3つを兼ね備えながら、その実、繊細な感受性も持ち合わせていたことだ。岡本氏のような外交官はもう二度と現れないだろう。

 初めて会ったのは1980年のカイロ。筆者がアラビア語研修生で岡本氏は指導官だった。最初は怖い先輩かと思ったが、数年後筆者はバグダッド勤務、その後ワシントンで彼と再会し考えを変えた。「君の公電は毎日読んでるぞ」と言われ、戦時下必死で電報を書いていた筆者は報われた思いがした。爾来(じらい)岡本氏は筆者の兄貴分どころか、師と仰ぐ存在になった。外務省には27年在籍したが、岡本氏と直接仕事ができたのは91年の湾岸戦争前後1回だけだった。あれから約30年、今や伝説となった活躍の一部を紹介しよう。

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