河村直哉の時事論

戦後の左傾 源流は日本否定にある

75回目の「終戦の日」を迎え、靖国神社には多くの参拝者が訪れた=15日、東京都千代田区(川口良介撮影)
75回目の「終戦の日」を迎え、靖国神社には多くの参拝者が訪れた=15日、東京都千代田区(川口良介撮影)

 この夏、戦後も75年を数えた。四半世紀を3度、重ねたことになる。戦後生まれが大半になり、敗戦と戦後の関係が意識されることも少なくなっているかもしれない。しかし現在もなお残る戦後日本の左傾が、戦争への反動として起こっていることは指摘しておきたい。

■知識人の偏向

 現在も尾を引く戦後的な思考の類型の多くは、昭和20~30年代に出ていると筆者は考えている。いわゆる進歩的知識人ないし文化人と呼ばれた人らによってである。

 「国家の権力は(略)不当に国民個人の権利や利益を圧迫することがあってはならないというのが近代憲法の精神」「無責任にも、憲法改正論が大手を振って横行している現状である」

 憲法学者、中村哲(あきら)「憲法入門」(昭和27年)から。安全保障関連法に関してしきりといわれるようになった立憲主義や、最近の憲法改正に反対する声を思い出さないだろうか。

 あるいは次のような文章。「君が代の拒否権を私はもつ。(略)内容いかんによっては『道徳』の授業を私の子に受けさせない権利を私はもつ」。教育学者、宗像(むなかた)誠也「教育と教育政策」(昭和36年)から。道徳は最近ようやく小中学校で教科となったが、「価値観の押し付け」などと反対する左派の声は多かった。

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