河村直哉の時事論

安倍首相辞任 左傾日本との戦い 

安倍首相の辞任表明の記者会見を伝える大阪・道頓堀のモニター=8月28日
安倍首相の辞任表明の記者会見を伝える大阪・道頓堀のモニター=8月28日

 戦後史のある程度長いスパンで見たとき、安倍晋三首相が戦ってきたものこそ日本の左傾であったと、筆者は解釈している。第1次内閣以降、首相が正そうとしてきた「戦後レジーム(体制)」とは、左傾した日本のことである。残念ながらその左傾はまだ完全には修正されていない。

■戦後の偏った国家

 以下は当然ながら、安倍首相ではなく筆者の考えであることは断っておきたい。左翼という言葉の由来には、なにものかを否定し急進的に改革するということが含まれている。戦後日本は終戦までの日本を否定することから始まった。左翼国家とはいわないまでも、左傾国家としてスタートしたといってよい。

 戦後、憲法を作った連合国軍総司令部(GHQ)民政局長のホイットニーは「左寄りの道をとるような憲法」といったとされる(鈴木昭典「日本国憲法を生んだ密室の九日間」)。9条は「国権の発動たる戦争」を放棄し「交戦権」を認めない。国家の権利を制限すること自体、国家に否定的であり左寄りであるといえる。戦後の左傾は憲法だけでなく、終戦までの日本の現代史をことさらに悪く見る歴史観や、国旗・国歌などへの反発としても現れた。

 自虐的な歴史観はかなり修正されてきたが、安倍首相が訴え続けた憲法改正はなお、かなっていない。辞任を表明した会見で首相が残された課題として挙げた日本人拉致事件、北方領土交渉、憲法改正の3点は、戦後日本が抱える問題の本質を突いている。

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