台湾日本人物語 統治時代の真実

(16)八田與一の遺志継いだ部下

台湾南部・台南市にある八田與一の銅像(田中靖人撮影)
台湾南部・台南市にある八田與一の銅像(田中靖人撮影)

 八田與一(はった・よいち)(1886~1942年)のことは、もはや詳しく書く必要はないだろう。台湾総督府の土木技師として、東洋一の規模を誇った、総延長約1万6千キロメートルの給排水路を持つ大規模灌漑(かんがい)施設「嘉南大●(かなんたいしゅう)」の大工事を、設計から中心となってやり遂げた。約15万ヘクタールにも及ぶ土地に給水するため、川を堰(せき)止めて築かれたのが、高さ56メートル、堰堤(えんてい)長1273メートルの巨大な「烏山頭(うざんとう)ダム」である。

 昭和5(1930)年に竣工(しゅんこう)した施設によって干魃(かんばつ)や塩害に悩まされていた不毛の大地(嘉南平原)には、日本統治時代に開発されたジャポニカ種の「蓬莱(ほうらい)米」などが植えられ、台湾きっての豊穣(ほうじょう)な大穀倉地帯へと生まれ変わる。住民の生活も飛躍的に向上した。