歴史の転換点から

(1)『大日本』『世界政治の中の日本』-英国発もう一つの「坂の上の雲」が描く国民の歴史

『大日本』『世界政治の中の日本』の著者で、わが国の「近代科学技術教育の父」とも称されるヘンリー・ダイアーの胸像=東京都文京区、東大工学部列品館(関厚夫撮影)
『大日本』『世界政治の中の日本』の著者で、わが国の「近代科学技術教育の父」とも称されるヘンリー・ダイアーの胸像=東京都文京区、東大工学部列品館(関厚夫撮影)

 「日本は自身の自由のためだけにこの戦争を遂行しているのではない。その存在を懸けて戦っているといえるだろう。さらに日本は、ヨーロッパとアメリカの戦争をも遂行しているのだ。国と国との貿易や交流を発展させる自由のために、かつまた、東洋と西洋のより緊密な結合をもたらすために」

 日露戦争さなかの1904(明治37)年初秋、「日本の近代科学技術教育の父」と称されるヘンリー・ダイアーは、故郷の英スコットランドで大著『大日本(Dai Nippon)』(※1)の本文をそう締めくくった。

 日本の命運を賭したこの戦争が始まったのは同年2月。ダイアーが『大日本』を脱稿してまもなく、日本軍は遼陽会戦で勝利をおさめた。また要塞化した軍港・旅順の陥落は翌年早々で、日本海海戦での完勝は同年5月。米国の仲介によるポーツマス条約(日露講和条約)の調印は脱稿から1年後のことだ。

 「国民の本当のバイブル(聖書)は、その国民自身の歴史なのである」