歴史の転換点から

(7)『大日本』『世界政治の中の日本』-英国発もう一つの「坂の上の雲」が描く国民の歴史

「明治天皇肖像」(1897年、グイード・モリナーリ作 所蔵・画像提供=東京都庭園美術館
「明治天皇肖像」(1897年、グイード・モリナーリ作 所蔵・画像提供=東京都庭園美術館

 明治12(1879)年夏、賓客が日本を訪れていた。ユリシーズ・グラント。米国を二分した南北戦争(1861~65年)では北軍の最高司令官として戦火を終結に導いた英雄であり、1869年から2期8年間にわたって第18代大統領を務めた人物である。米国大統領経験者として初めての来日だった。

至上の名誉と中国の影

 「世界の中でも卓越した陛下の工部大学校を開設した外国人教師たちについては陛下のできうるかぎり長く雇用されるべき人材でございます」

 原文が旧仮名遣いの文語体ゆえの拙訳をお許しいただきたい。『岩倉公実記』によると、8月10日、浜離宮(現・浜離宮恩賜庭園=東京都中央区)で明治天皇に謁見したグラントはそう述べた。都検(教頭)としてこの工部大学校を開設し、当時もその職にあった「人材」こそ、わが国の「近代科学技術教育の父」と称されるヘンリー・ダイアーだった。