台湾日本人物語 統治時代の真実

(23)夫婦で守った「山の駐在所」

地方では貴重な交通機関だった人力による「台車(トロッコ)」
地方では貴重な交通機関だった人力による「台車(トロッコ)」

 大正期、水不足に悩む「●頭★(かんとうせき)(現雲林(うんりん)県古坑(ここう)郷)」の住民のために簡易水道を引き「いのちの水の恩人」と呼ばれた警察官、瀧野平四郎(たきの・へいしろう)(1884~1950年)。手記『思い出の記』を読めば、日本統治時代、台湾の警察官業務が治安維持にとどまらず、多岐にわたっていたことが分かる。僻地(へきち)に赴任した者ほど、それが顕著だ。

 瀧野は、地元・嘉義庁の依頼で台北周辺で大流行したコレラの防疫業務のため隊長として40人を率いて約1カ月出張したことを書いている。「衛生」は警察が関わる業務のひとつだ。