千田嘉博のお城探偵

豊臣大坂城 石垣が物語る栄光と落城

姿を現した豊臣大坂城詰ノ丸の石垣。全面に火災の痕跡がある(筆者撮影)
姿を現した豊臣大坂城詰ノ丸の石垣。全面に火災の痕跡がある(筆者撮影)

 大坂城(大阪市)の石垣は、日本を代表するすばらしい歴史的価値をもつ石垣である。大きさを整えた切石(きりいし)を、整然と積み上げていて、近世初頭の城郭石垣の到達点を示している。さすが大坂城は、国の特別史跡である。

 私たちが見ているこの大坂城は、1615(慶長20)年の大坂夏の陣で豊臣大坂城が落城した後、江戸幕府2代将軍の徳川秀忠が築かせたものである。秀忠は大量の土砂や粘土を運び込み、焼け落ちた豊臣大坂城を7メートルもの深さに埋め、その上に北側から3期に分けて新しい徳川大坂城をつくった。だから私たちは残念ながら豊臣大坂城を見ることができない。

 徳川大坂城の地下に眠る封印された豊臣大坂城の石垣を見たいというのは、全国のお城ファンの切なる願いである。そうしたなかで大阪市は「太閤なにわの夢募金」によって支援を募り、地中の豊臣大坂城詰ノ丸(天守や奥御殿が建った最重要区画)の石垣を発掘して常時公開展示する「大坂城豊臣石垣公開プロジェクト」を進めている。