田村秀男の経済正解

香港抑圧、チャイナリスク極まる

 自由のありがたさは、香港に住んだ者ならすぐ分かる。中国・広東省への出張を終え、10メートル幅の深セン川に沿った国境をまたいで香港側に入るや、それまでの緊張が一挙に解放感へと変わる。ところが7月1日以降、重苦しい気分のまま、入管ゲートからの先を歩く羽目になるだろう。本土の習近平政権が「香港国家安全維持法」を施行したのだ。

 言論、政治を含む情報の自由を奪われ、全体主義強権の監視下に置かれる香港に住む魅力はうせた。香港在住の上海出身の知人は、安全法を批判する筆者に対して「シャンガン(香港)なんてわれわれの足元にも及ばない」と電話でわめき立てた。

 そんな中国人たちは、自由香港を最初に認めた権力者が、毛沢東とその片腕、周恩来であることを知らない。1949年10月、深センまで攻め込んだ人民解放軍東江縦隊1万2千人に対し、毛の了承を得た周が香港への渡河をやめさせた。英国との合意で、中国は香港での貿易や金融で特別扱いされると保証されたからだ。(拙著「人民元・ドル・円」〈岩波新書〉参照)。以来、北京の香港に対する基本路線は「長期打算・充分利用」であり続けた。1970年代末、最高実力者のトウ小平は改革開放路線に踏み切り、外資を積極導入したが、外資の対中進出起点は香港だ。

 最近でも、中国本土への外国企業直接投資の6割以上は香港経由である。中国の銀行は海外事業の大半を、香港から主に米ドル建てで行っている。本土内では外貨との交換が制限されている人民元は米ドルにペッグ(くぎ付け)された香港ドルを通じて米ドルと自由に交換できる。人民元国際取引の7割以上は上海ではなく香港市場で行われる。

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