戦後75年 第8部 エネルギー安全保障(3)

変わらぬ中東依存 今も9割 石油ショック47年

 昭和48年10月末、大阪府北部の丘陵地に広がる千里ニュータウン。その中にあるスーパー「大丸ピーコック千里中央店」(当時)に出勤した店員、清水暉人(てるひと)(77)は目を疑った。開店前の店舗に300人近い行列ができていたからだ。客の目当ては特売のトイレットペーパー。「まさか日用品であんな行列ができるとは…」

 第1次石油ショックの混乱を象徴する「トイレットペーパー騒動」。行列を見た住民たちに「トイレットペーパーがなくなる」という噂が広がり、またたく間に全国に拡散した。「発端は千里中央店のトイレットペーパー安売りのチラシから始まった」とピーコックストア社史は伝えている。

 この月の初めに第4次中東戦争が勃発し、石油輸出国機構(OPEC)は原油公示価格の引き上げと供給制限を行った。国際原油価格は3カ月で約4倍に跳ね上がる。エネルギー供給源の70%以上を石油に頼り、その77・5%を中東から輸入していた日本を直撃した。