戦後75年 第8部 エネルギー安全保障(5)

資源外交 挑戦と挫折の75年

 石油から原子力、再生可能エネルギーと形は変わっても、日本はそうした資源に乏しい。先の大戦は原油の多くを米国に頼っていたため輸入を停止されたことが一因となった。戦後の日本外交はエネルギー資源確保への挑戦と挫折が続いた。そうした中で、原子力に目を付けたのは元首相、中曽根康弘だった。

 中曽根はまだ当選4回の衆院議員だった昭和28年、米国を訪ね原子力施設を視察した。当時の米大統領、アイゼンハワーが「平和のための原子力」を唱えた時期でもある。その後、議員立法で原子力基本法案などをまとめた中曽根は衆院特別委員会での提案理由説明で、こう訴えた。

 「資源が貧弱で資本力のない日本の国情に適当するような方途を講ずることが必要だ」