成田開港で「飛んでイスタンブール」 時代読む天才…筒美京平さん

死去した筒美京平さん
死去した筒美京平さん

 作曲家の筒美京平さんが亡くなった。「また逢(あ)う日まで」「木綿のハンカチーフ」…。ヒット曲のメロディーは昭和40年代以降の世相を華やかに彩った。生涯に3千曲近くを書き、提供した歌手たちのシングルの総売上枚数は約7600万枚(オリコン調べ)で、これは日本の作曲家としては最多だ。誰もが口をそろえる「天才」ぶりを関係者が振り返る。(石井健)

歌手の資質、瞬時に見抜く力

 「京平先生は歌手の資質を瞬時に見抜き、ぴったり合ったヒット曲を書けた」 そう話すのは、白川隆三(りゅうぞう)さん。レコード会社の制作マンとして昭和49年に太田裕美を売り出した。その際、白川さんは、筒美さんに作曲を依頼した。