李登輝秘録

第1部 虚々実々の両岸関係(10)分断70年 中台に冷戦構造なお

1988年1月13日、蒋経国の死去に伴い、台北市内の総統府で憲法の規定により総統への就任を宣誓した李登輝(右)=李登輝基金会提供
1988年1月13日、蒋経国の死去に伴い、台北市内の総統府で憲法の規定により総統への就任を宣誓した李登輝(右)=李登輝基金会提供

 1988年1月13日。台湾の中国国民党政権で副総統だった李登輝は、トップの蒋経国(しょう・けいこく)総統の死去に伴い、憲法の規定で総統に昇格した。台湾出身者として初めて総統になった李は、「静かにそろりと」台湾のあり方を変えようとしていた。

 第二次大戦終結後、中国で共産党との戦いに敗れた国民党の蒋介石(しょう・かいせき)(1887~1975年)が台湾を統治してから、長男の蒋経国による独裁支配まで、中国大陸すべてを国民党政権下の領土とみなす虚構がまかり通っていた。いずれ国民党が中国本土を共産党から奪還するとの政策が基本だったからだ。

 蒋親子が台湾を支配した時代に地元出身者は「台湾は、台湾であって中国じゃない」という本音を口に出せなかった。

 総統の座に就いた李は、蒋親子ら中国大陸出身者が主導権を握っていた国民党内の反発を抑えながら、その虚構を崩していったという。

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