李登輝秘録

第2部 日本統治下に生まれて(4)新渡戸の「武士道」と出合った

台湾北部の新北市三芝区に現存する「源興居(げんこうきょ)」と呼ばれる李登輝の生家(河崎真澄撮影)
台湾北部の新北市三芝区に現存する「源興居(げんこうきょ)」と呼ばれる李登輝の生家(河崎真澄撮影)

 台湾元総統の李登輝が、新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)の著書「武士道」を読んで「雷に打たれたような衝撃を受けた」のは、旧制台北高校生のときだった。ただ、それには、李が子供のころ受けた論語の教育が伏線にあった。

 李は1923(大正12)年、北部の台北州三芝(現・新北市三芝区)で生まれた。台湾人の父親は、当時としては珍しく警察学校を卒業したエリート警察官。母親は地元の有力者の娘で、李家は比較的、経済的に安定していた。

 台湾人子弟向けの公学校(こうがっこう)(小学校)で、李は日本語で勉強する一方、父親の勧めで近隣の私塾にも通って中国古典を学んでいた。

 李は「あまり人に話したことがない」と前置きして、「8歳のころ学んだ論語に出てくる(春秋時代の思想家)孔子(こうし)の言葉が強く記憶に残った」という。

 孔子が弟子に「死」について問われ、「まだ生についてよく分かっていないのに、どうして死のことが分かろうか(未(いま)だ生を知らず、焉(いず)くんぞ死を知らん)」と答えた場面だった。

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