李登輝秘録

第2部 日本統治下に生まれて(7)「公」に尽くす意義説いた恩師

京都帝大時代の恩師、柏祐賢(左)の自宅を訪ね61年ぶりの再会を果たした台湾元総統の李登輝=京都市内、2004年12月31日(山田哲司撮影)
京都帝大時代の恩師、柏祐賢(左)の自宅を訪ね61年ぶりの再会を果たした台湾元総統の李登輝=京都市内、2004年12月31日(山田哲司撮影)

 2004年の大みそか、台湾元総統の李登輝は、雪の降りしきる京都にいた。

 日本の外務省が3年ぶりに訪日ビザの発給を認めた李の家族旅行だった。訪問先は、李が1942年から1年ほど在学した京都帝国大学(現・京大)農学部時代の恩師である柏祐賢(かしわ・すけかた)(1907~2007年)の自宅だ。

 このとき李は81歳、柏は97歳。応接間で柏の左隣に座った李は、恩師の左手を握りしめながら、体を寄せ合うように1時間近く談笑した。61年ぶりだったという再会に柏は、「あんたにもう一度会えると思わなかったな」と目を細めた。

 柏は「柏祐賢著作集」25冊すべてに自筆のサインをして李に手渡した後、「百年たっても師弟は師弟。だが(李は)天下人(てんかびと)だ」と快活に笑った。一方、恩師の隣で著作集に目を通し、にこやかに話す姿は「青年李登輝」そのものだった。

 実際、2007年3月に99歳で亡くなった柏の葬儀で、李は遺族に送った弔辞にこう書いている。

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