李登輝秘録

第3部 政治弾圧時代の苦悩(9)切り離せぬ信仰とトップへの道

李登輝夫妻が通った台北市内の済南基督(キリスト)長老教会(河崎真澄撮影)
李登輝夫妻が通った台北市内の済南基督(キリスト)長老教会(河崎真澄撮影)

 台湾総統を務めた李登輝がキリスト教徒になったのは1961年、38歳のときだった。台湾大学で教壇に立ちながら農業政策を担う中央省庁、農村復興聯合委員会(現・行政院農業委員会)で働いていた李は、前年に洗礼を受けた夫人の曽文恵(そう・ぶんけい)から勧められていた。

 戦前から台湾に住む「本省人」である李が、中国大陸からきた中国国民党のトップに上り詰める道のりとキリスト教は切り離せない、との見方がある。

 匿名を条件に取材に応じた台湾の政治学者は、「キリスト教徒でなければ、李は65年からの2度目の米国留学も、71年の国民党入党も、さらに台北市長など高い地位への登用もなかっただろう」と指摘する。

 李が洗礼前の52年に米アイオワ州立大学に留学した時は台湾の公費だった。それが、65年にコーネル大学で農業経済学の博士課程に進むときは米ロックフェラー財団から奨学金を得た。同政治学者は「昔から米国はキリスト教徒をまず信頼し、優先する傾向があった」という。

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