解読

もつれにもつれる米イラン トラウマと被害者意識…対立は根深く 前中東支局長・大内清

 米国とイランの対立が、もつれにもつれている。トランプ政権による核合意離脱と制裁圧力に対し、イランは核合意の一部履行義務を停止。ホルムズ海峡での不可解なタンカー攻撃や、それを契機とした有志連合構想の浮上で、緊張は徐々に、だが確実にエスカレートしている。冷え切った関係の根底には、イランから植え付けられた米国のトラウマ(心的外傷)と、米国に虐げられたというイランの被害者意識がある。

 ◆民族主義の挫折

 1953年8月19日、イランの首都テヘラン南部で、貧民層による大規模な反政府デモが発生した。これに呼応してイラン陸軍が決起。クーデターにより、当時の首相、ムハンマド・モサデクの政権は崩壊に追い込まれた。

 モサデクは51年、英国に独占されていた石油の国有化を主導した人物だ。クーデターは、これに危機感を持った英国と米中央情報局(CIA)が資金をばらまき、貧民層を扇動して起こしたものだった。議会主導の立憲君主制に向かっていたイランは以後、パーレビ国王による独裁色を強め米国は後ろ盾として支配的な影響力を持つようになる。

 古い話である。しかし、現在のイランの米国観には、このクーデター事件が大きく作用していることを理解しておく必要がある。イラン知識人層の間で高揚していた民族主義が米国の干渉で挫折したことが、強烈な屈辱感とルサンチマン(弱者の恨み)を生んだ。

有料会員向け記事こちらは有料会員記事です (会員サービスについて)

産経ニュース会員(無料)に登録している方は、ログイン後に有料会員登録を行ってください

「解読」はこちら