李登輝秘録

第5部 大東亜戦争と台湾(5)先住民の高砂義勇兵の功績に敬意

2006年2月8日、台北郊外の烏来で行われた「高砂義勇兵英霊慰霊碑」の記念式典に参列した李登輝(右から2人目)ら
2006年2月8日、台北郊外の烏来で行われた「高砂義勇兵英霊慰霊碑」の記念式典に参列した李登輝(右から2人目)ら

 「この慰霊碑には、悲しい歴史を(未来への)成長に切り替える力がある」

 2006年2月8日。台北郊外の烏来(ウライ)で行われた「高砂義勇兵」戦没者をまつった慰霊碑の移設を記念した式典で、元総統の李登輝はこう語った。

 慰霊碑の「霊安故郷(英霊は故郷に眠る)」との碑文は李が揮毫(きごう)した。「原住民に敬意を抱いている」からだ。李は総統時代の1994年、先住民の正式呼称を「原住民」と定めた。

 大東亜戦争で南進した旧日本軍の部隊が頼りにしたのが高砂義勇兵だった。

 ジャングルに不慣れな内地の日本の将兵に対し、山間地が生活圏の台湾先住民は、高温多湿の野山を素足で駆けめぐる強靱(きょうじん)さがあった。夜目が利き、遠くの音を聞き分ける力もある。

 多くは軍属で戦闘要員ではなかったはずだが、ジャングルで米兵と対峙(たいじ)する場面などでは、高砂義勇兵がむしろ切り込み隊を買って出て、戦死者も多く出た。

 台湾で先住民は現在、人口の2・5%に満たない約55万人ほどしかいない。

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