李登輝秘録

第6部 薄氷踏む新任総統(3)寸前に潰した「暁のクーデター」

「李登輝おろし」を画策しつつ国民党の臨時中央委員会全体会議に出席した国防部長(国防相に相当)の●(=赤におおざと)柏村(前列中央)=1990年2月11日 (李登輝基金会提供)
「李登輝おろし」を画策しつつ国民党の臨時中央委員会全体会議に出席した国防部長(国防相に相当)の●(=赤におおざと)柏村(前列中央)=1990年2月11日 (李登輝基金会提供)

 1988年1月に急死した蒋経国(しょう・けいこく)が残していた総統の任期は約2年4カ月。その間、李登輝はいわば「代理総統」の立場だった。

 代理総統から選挙で選ばれる正式な総統になるべきか-。李は「迷った」と明かした。農業経済専門の学者で、政治的野心はない。しかも、蒋に重用された李への嫉妬や敵愾心(てきがいしん)から、国民党内の守旧派は新聞を利用して中傷記事を流す工作など、圧力をかけてきた。

 さらに、「家に帰ると家内が泣きながら『総統を続けることはやめて』と懇願した」と李はいう。中傷記事は、夫人の曽文恵(1926年生まれ)ら家族もやり玉に挙げ始めていた。

 一方、89年は世界中で民主化を求める激流が起きていた。東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」崩壊を契機に、東欧で共産党の独裁政権が相次ぎ倒れた。弾圧されたものの、北京で起きた「天安門事件」は中国の学生も民主化を渇望していることを明確にした。