李登輝秘録

第6部 薄氷踏む新任総統(7) 守旧派と共産党の批判かわす嘘

「国家統一綱領」を議決した李登輝(左)ら国家統一委員会のメンバー=1991年2月 (李登輝基金会提供)
「国家統一綱領」を議決した李登輝(左)ら国家統一委員会のメンバー=1991年2月 (李登輝基金会提供)

 台湾の総統であり、国民党の主席でもあった李登輝は、民主化を強く求める民意と、党内に強い影響力をもつ中国大陸出身者らの守旧派にはさまれ、微妙な立場に置かれていた。

 その上、中国と台湾の「統一」で政治圧力をかけてくる北京の中国共産党政権と、どう対峙(たいじ)するのか。李の政策に世論の注目が集まっていた。

 1990年5月20日に総統2期目の就任演説を行った李は、「客観的な条件さえ熟せば、(中国との)国家統一を協議する用意がある」と述べた。さらに同年9月、「一つの中国」をめざす組織、「国家統一委員会」を総統府内に設置することを決めた。だが、野党の民進党が強く反発するなど、世論は割れていく。

 当時、中国との統一も将来あり得ると考えていたのか、との問いに、李は少し照れくさそうに笑った。

 「実は、あれ(国家統一委員会)は国民党内の守旧派や、共産党を欺くための嘘(うそ)だった」と明かした。李がいう「嘘」とは、「レトリック(ことば巧みな表現)」と言い換えた方が正確だろう。

                   

 同委の設置と同委が議決した「国家統一綱領」には巧妙な仕掛けがあった。

 同委のメンバーには行政院長(首相に相当)の●柏村(かく・はくそん)ら守旧派を加えた。●らは将来、中国大陸の領土を奪還し、国民党政権が「国家統一」を果たすとの蒋介石(しょう・かいせき)以来の悲願を建前にしていた。虚構の「中華民国体制」にこだわっており、同委設置に賛成だった。