黒田勝弘のから(韓)くに便り

今なぜ李方子(イ・バンジャ)妃なのか

朝鮮王朝・李垠皇太子妃の李方子さん=昭和37年12月
朝鮮王朝・李垠皇太子妃の李方子さん=昭和37年12月

 日本の雑誌『文芸春秋』に今年1月号から人気作家、林真理子さんの小説『李王家の縁談』が連載されている。今からちょうど100年前、日本の統治下にあった韓国の李王家に日本の皇族から嫁がれた李方子(イ・バンジャ)妃(1901~89年)の物語で、佐賀県の旧鍋島藩主の流れをくむ母・梨本宮伊都子(なしもとのみやいつこ)妃のことから始まっている。

 梨本宮家の娘・方子(まさこ)妃は昭和天皇の皇太子時代にお妃(きさき)候補のひとりだったことでも知られるが、結局、韓国の李王家最後の皇太子・李垠(イウン)殿下と結婚する。歴史的には日韓融和のためのいわゆる“政略結婚”だったといわれるが、小説では、方子妃が後の昭和天皇の皇太子妃としての可能性がなくなったことが李王家への縁談につながったという、興味深い設定になっている。

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