李登輝秘録

第8部 日本よ台湾よ(2) 「決めるのは日本や中国ではない」

村山富市首相(当時、左から10人目)が議長を務めた大阪APEC非公式首脳会議後の記念撮影 =1995年11月19日
村山富市首相(当時、左から10人目)が議長を務めた大阪APEC非公式首脳会議後の記念撮影 =1995年11月19日

 李登輝は台湾の総統を2000年に退任した後、これまでに9回訪日した。だが、1988年から12年間の在任中は一度も、日本の土を踏めなかった。その間に少なくとも2回、訪日を試みたが、いずれも阻まれた経緯がある。

 元副総理、金丸信(1914~96年)による90年5月の訪台が最初のきっかけだ。金丸は再任された李の総統就任式に出席し、91年6月にも訪台している。

 李は、台湾と外交関係のある中南米歴訪の際、経由地として日本への立ち寄りが可能かどうか、金丸に打診したようだ。李の側近である彭栄次(ほうえいじ)は、「金丸さんはOKだと言ったので、李さんも『日本に行ける』と思っていた」と明かす。

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