李登輝秘録

第8部 日本よ台湾よ(5)震災の絆、新幹線導入につながる

日本の救援隊(左)を激励した総統(当時)の李登輝=1999年9月、台湾中部(奈須稔撮影)
日本の救援隊(左)を激励した総統(当時)の李登輝=1999年9月、台湾中部(奈須稔撮影)

 1999年9月21日の午前2時前。台北市内の総統公邸で書類を読んでいた李登輝は異変に気付いた。

 「電灯の光がだんだん弱まり、消えたかと思ったら数秒して激しい揺れを感じた」。台湾中部で発生したマグニチュード(M)7・6規模の大地震だった。

 専用機で台中に飛んだ李は早朝から被災地で陣頭指揮を始める。軍の参謀総長を同行させていた。「震災の救援で欠かせないのは軍だ」と李は考えている。

 京都帝大(現・京大)在学中に旧日本陸軍に入隊した李は45年3月、東京大空襲に遭遇していた。負傷者の救助や倒壊した建物の処理など、「空爆の被災地で軍部隊に指揮した『戦場整理』の経験が、地震の被災地で役立った」と話す。

 李は在留邦人にも目を配った。台中日本人会が後に発行した書籍「揺れた 崩れた でも頑張った」によると、震源地に近い台中の日本人学校(児童生徒計127人)に震災翌月の10月7日に、李が視察に訪れた。

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