“新型”が暴いた「リベラル」のウソ 岩田温

1日、中国・武漢の病院でマスクを組み立てる医療従事者(AP)
1日、中国・武漢の病院でマスクを組み立てる医療従事者(AP)

 戦後長きにわたって、わが国の言論界では国家の存在が否定される傾向があった。もちろん、多くの国民は国家が消滅すればよいなどと考えてこなかったであろう。しかし、かつて「進歩的文化人」と呼ばれた人びと、そしていま「リベラル」を気取っている人びとは、国家の存在を否定的に語ることが、あたかも知的なことであるかのように振る舞ってきた。政治学者の多くも、ベネディクト・アンダーソンを引用しながら、ネーション(国家)など「(人々の心の中に宿る)想像の共同体」に過ぎないと構えて見せ、ナショナリズムに魅せられる大衆を愚弄する傾向が強かった。

 「コスモポリタン」、「地球市民」、「グローバリゼーション」等々、全てが国家という単位を否定する世界秩序を夢想した結果の言葉だったといえるだろう。

 国家を越えた共同体。そうした知識人たちの夢が叶うかのように思われたのが、ヨーロッパにおけるEUの実現であった。EU域内では移動の自由が認められ、あたかも将来、国家が消滅するかのような議論が、知識人たちの間で巻き起こった。第1次世界大戦、第2次世界大戦の恩讐を越えて、輝かしい未来に向けて歩んでいくのがEUだと理解したわけである。

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