アジア見聞録

クギを打った棒や素手で殴り合い 中印衝突で起きた“奇妙な戦闘”の舞台裏

 インド北部カシミール地方の係争地で、中国軍とインド軍が衝突し、インド側の20人が死亡した。双方が銃器を使わず、素手や石などで攻撃し合うという一見したところ、“奇妙な戦闘”によるものだ。銃器は使用されなかったことから、まだ両軍に自制が働いているとも言えるが、中国との対立で45年ぶりに死者が出た事実はインド側に衝撃を与えている。衝突の背景を探った。(シンガポール 森浩)

インド北部ラダックのガルワン渓谷をとらえた衛星写真。この急峻な渓谷が、中印両軍の兵士による衝突の舞台となった(Planet Labs提供・AP)
インド北部ラダックのガルワン渓谷をとらえた衛星写真。この急峻な渓谷が、中印両軍の兵士による衝突の舞台となった(Planet Labs提供・AP)

3時間の衝突、インド兵は谷底に転落

 「この死者数は両国を未知の領域へと導くだろう」

 インド誌インディア・トゥデイは20人が死亡したことを受け、両国関係がかつてない緊張状態に突入する可能性に触れた。

 中印両軍による衝突が起きたのは15日夜、インド北部ラダックのガルワン渓谷だ。ヒマラヤ山脈のはずれに位置し、高度は4000メートルに達する。今の時期でも夜間には気温が氷点下にまで下がる一帯だ。

 双方は5月5日から現場付近でにらみ合いを続けていたが、6月6日に対峙の解消に向けた将官レベルの会議を行って、平和的な解決で合意したはずだった。

 しかし、印メディアの報道によると、14日には既に中国側から投石が行われており、15日夕に小競り合いが発生。事態は急速にエスカレートしていったという。その際、多くのインド人兵士が斜面から谷底の川に転落した。

 インド側は衝突回避に向けた交渉に乗り出したが、中国側が拒否し、状況は悪化していった。中国側は石のほか、有刺鉄線を巻いたりくぎを打ったりした棒を用いたという。

 衝突は3時間以上続いたが、銃器は使用されておらず、負傷の多くは石や棒によるものだ。また川に転落したことによる負傷者も多く、気温が氷点下になったことによって体力を奪われて死亡した。

 中国は死傷者を発表していないが、インドメディアは、中国側も43人が死傷したとしている。

インドに残る敗北のトラウマ

 歴史的に中印両国は、国境付近で摩擦を抱えてきた。建国当初は良好な関係を保っていた両国だが、1959年3月にチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がインドに亡命したことなどを経て対立が先鋭化。未画定の国境をめぐり、62年10月には中印国境紛争が勃発した。

 インドは紛争で終始劣勢に立たされ、中国は同年11月、一方的に停戦を宣言した。敗北したインドには中国への「恐れと警戒感」(地元ジャーナリスト)がトラウマとして残ることになる。

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