湯浅博の世界読解

対中対決戦略を説く「Y論文」

 イニシャルで「YA」を名乗る英語論文の執筆者は、いったい何者なのか。日米関係に関心を持つ人々の間で、2カ月も前に米外交誌『アメリカン・インタレスト』に掲載された匿名論文が注目を集めている。同誌が、執筆者を日本政府当局者であると明示し、論文の表題が「対中対決戦略の効用」と明快だからか。

 興味深いのは、世界の識者に評判の悪いトランプ外交に対し、現役官僚とみられる執筆者が実に寛容なことだ。「トランプ外交はひどいが、対中関与政策のオバマ外交よりはマシ」と、日本を軸に現実主義的な外交論を展開している。

 ちょうどトランプ大統領に解任されたジョン・ボルトン前大統領補佐官の回顧録が、差し止め要求を振り切って出回り、にわかに11月の大統領選の行方が気になり始めた。日本にとって「再選を国益より優先」と回顧録がいうトランプ再選は是か非か。オバマ政権時代のバイデン前副大統領の当選が日本の国益にかなうのかという視点だ。

 この論文は、中国を力で近隣国を脅迫する19世紀型の国家であると指摘し、これに対して米国は、オバマ前政権による曖昧な“21世紀型外交”に戻すべきではないと叱咤(しった)している。YA氏は日本がこれまで、中国の拡張主義的な危険性を米当局に繰り返し警告してきたと強調し、冷戦後の日米同盟は大陸に焦点を絞った対中同盟であるべきことを力説する。

 仮にいま、中国をソ連に置き換え、イニシャルを「Y」と洒落(しゃれ)ていれば、米ソ冷戦の到来と対ソ封じ込めを訴えたジョージ・ケナンの「X」論文を連想させて面白い。モスクワから帰任した国務省のケナン政策企画局長が1947年、筆者Xとして外交誌に寄稿した衝撃的な論文だった。