台湾日本人物語 統治時代の真実

(10)花開いた3民族混成野球

早大時代の呉明捷と使用バット。「劇的ホームランのバット」とあった(船橋市教育委員会提供)
早大時代の呉明捷と使用バット。「劇的ホームランのバット」とあった(船橋市教育委員会提供)

 ミスター・ジャイアンツこと長嶋茂雄(84)が東京六大学野球新記録「本塁打8本」を引っ提げて立教大からプロ野球・巨人へ入団したのは昭和33(1958)年のことだ。

 では、長嶋以前に東京六大学野球の本塁打記録(7本)を持っていたのは誰か? 2人いる。1人は、慶大の宮武三郎(後にプロ野球・阪急)。そして、もう1人は、早大の台湾出身選手、呉明捷(ご・めいしょう)(1912~83年)が、昭和13年春に達成したものであった。

 東京六大学のホーム、神宮球場の両翼は現在よりも広く、ボールが飛ばない時代。ホームランはめったに出なかった。それは、呉から長嶋の新記録達成(32年秋)まで20年近くかかったことでも分かるだろう。

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