西論プラス

地域秩序の均衡崩した「破壊衝動」 「アラブの春」10年 大内清・前中東支局長

 中東の地域秩序は、主に「力の均衡」で成り立っている。均衡が崩れると、複雑に入り組む民族や宗教・宗派の思惑も絡んで相互の干渉が強まり、不安定化する。これを引き起こしたのが、いわゆる「アラブの春」だった。

 10年前の2010年12月17日、貧窮したチュニジア人青年が焼身自殺を図ったのを機に反政府デモが広がり、翌年にかけてアラブ諸国で次々と政権崩壊や内戦につながった現象だ。私は、特派員としてエジプトの首都カイロにいた。

 それまでの中東は、地域大国エジプトをはじめとする親米諸国や、イランなどの反米諸国がまがりなりにも均衡を保っていた。アラブとイスラエルとの間には「冷たい平和」があった。

 エジプトを約30年にわたって統治していたムバラク政権は独裁体制を敷いていたが、国際社会では不問に付されていた。他のアラブ諸国もおおむね同様だ。強権が消えれば、その国、ひいては地域情勢にどう影響するか分からない。03年に米軍のイラク侵攻でフセイン政権が崩壊し、同国が混迷に陥ったことが、教訓になっていた。

 そこに起きたのが、「アラブの春」だった。当時を振り返ると、背筋が凍(こお)る思いがする。