台湾日本人物語 統治時代の真実

(20)革新的な総合研究所

台湾、満州で「科学的」発想を掲げた後藤新平
台湾、満州で「科学的」発想を掲げた後藤新平

 かつて「悪疫(あくえき)島」とさえ呼ばれ、多くの感染症が猛威を振るった日本統治時代の台湾で、それと闘った日本人の物語を続けたい。

 終戦時の台湾総督府衛生課長で台北帝大医学部教授(衛生学)だった曽田長宗(そだたけむね)(1902~84年)に、『台湾の熱帯医学研究所の思い出』と題した一文がある。曽田は公衆衛生学の先端研究で知られた米ジョンズ・ホプキンズ大学留学から帰国後の昭和15(1940)年、台北帝大医学部教授に就任するとともに、同大付属機関となった熱帯医学研究所(熱研)熱帯病学科の所員となった。