台湾日本人物語 統治時代の真実

(25)行啓に随行 最強の「ぽっぽや」

基隆駅に到着された摂政宮(右から2人目)先導するのは新元鹿之助鉄道部長、後ろは田健次郎台湾総督=大正12年(新元久氏提供)
基隆駅に到着された摂政宮(右から2人目)先導するのは新元鹿之助鉄道部長、後ろは田健次郎台湾総督=大正12年(新元久氏提供)

 大正12(1923)年4月、摂政宮(皇太子裕仁(ひろひと)親王)が軍艦「金剛」に乗って台湾を訪問(台湾行啓(ぎょうけい))された。後の昭和天皇である。当時の台湾総督(第8代)は初の文官出身である田(でん)健治郎。日本による統治は安定期に入り、「内台一体」のスローガンの下、融和政策が進められた。

 台湾総督府にとって、行啓は10年越しの悲願である。明治45年、皇太子時代の大正天皇のご訪問が一旦、内定したが、明治天皇が崩御されたことで中止になっていたからだ。