ソ連崩壊30年

5月18日は「悲嘆の日」 クリミア先住民、苛烈さ増す迫害

2001年5月18日、当時のウクライナ・クリミア自治共和国の首都シンフェローポリで行われたタタール人の集会(斎藤勉撮影)
2001年5月18日、当時のウクライナ・クリミア自治共和国の首都シンフェローポリで行われたタタール人の集会(斎藤勉撮影)

 ロシアの占領下にあるウクライナ南部クリミア半島のイスラム系先住民族、クリミア・タタール人の受難が続いている。スターリン政権下、民族ごと中央アジアに強制追放されたタタール人は「祖国帰還」運動を展開。その民族運動はソ連崩壊へと燎原の火のように各地に広がっていった。現在はロシアのクリミア併合への抗議活動を行い、プーチン政権による迫害が苛烈さを増している。(論説顧問・元モスクワ支局長 斎藤勉)

 毎年5月18日はクリミア・タタール人にとって「悲嘆と喪の日」である。1944年のこの日、スターリンは、タタール人が「クリミア半島に侵攻したナチス・ドイツに協力した」との話をデッチ上げ、「懲罰」として18日から2日間だけで約17万人、全体では約40万人を2500キロも離れたウズベキスタンなどに貨物列車で強制移住させた。