明治維新を支えた男 白石正一郎日記に見る幕末

第1部 前夜(6)白石邸から尊攘進めた平野 編集委員・宮本雅史

 攘夷派として西郷吉兵衛(のちの隆盛)らと親交を結んだ筑前国(ちくぜんのくに)(福岡県)福岡藩士、平野次郎國臣(くにおみ)は、個性際立つ志士として知られる。国学に勤(いそ)しみ、古いものを尊ぶ尚古(しょうこ)主義に傾倒。頭髪を剃(そ)り上げる月代(さかやき)をせずに古風な総髪、烏帽子(えぼし)をかぶり直垂(ひたたれ)姿で出歩くなど、その姿は異様だった。

 平野も、長門国(ながとのくに)・竹崎浦(山口県下関市)の荷受問屋「小倉屋」に8代目当主の白石正一郎(しらいし・しょういちろう)を訪ねた勤皇志士の一人だった。安政4(1857)年、正一郎は西郷と強い信頼関係を持つ。今回はその正一郎と深い親交を結び、維新に大きくかかわる平野の話をしたい。

 平野が初めて小倉屋の浜門をくぐったのは安政5年12月12日。10月に白石邸でかくまった勤皇僧、月照(げっしょう)が薩摩で西郷と入水自殺したことを正一郎に伝え、その足で月照が残した密書を尊王攘夷派の近衛家に返すため京に向かうという重い任務を背負っていた。

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