眠れぬ墓標

第1部 65年後の現実(2)悔悟 抑留生活 人としての心を失っていた

 夏の太陽が容赦なく照りつける中、馬に乗ったソ連兵の監視下で、敗戦という衝撃から抜け出せないままの日本兵が、ただ大地を歩かされていた。

 昭和20年8月15日。当時19歳でわずか3カ月前に現地入隊したばかりの村山常雄(84)=新潟県糸魚川市=は、満州(現・中国東北部)東部の旧ソ連国境近くの山中にいた。

 8月26日、上官に告げられて初めて終戦を知った。「ソ連が武装解除する。ただちに白旗を掲げよ」。気持ちの整理もつかないまま、捕虜となった。

 徒歩での移動距離は約200キロ。目的地は知らされず、ソ連兵の「ダモイ トウキョウ」(東京へ帰るんだ)という言葉を信じるしかなかった。大陸特有の気候で、日が落ちると冷え込む。休憩でいったん腰を下ろすと立ち上がれない人もいた。「待ってくれっ」。背中にすがる声に、誰も振り返る余裕はなかった。

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