眠れぬ墓標

第1部 65年後の現実(3)「今も待っている遺族がいる」

死者名簿を編纂した村山常雄さん。資料にはびっしりと書き込みがされた=新潟県糸魚川市
死者名簿を編纂した村山常雄さん。資料にはびっしりと書き込みがされた=新潟県糸魚川市

 終戦直後からシベリアに抑留され、昭和24年11月にようやく郷里の土を踏んだ村山常雄(84)=新潟県糸魚川市。次々と仲間を失い、「人としての心を失っていた」とすら思う過酷な記憶と向き合うには、長い時間が必要だった。

 復員後は教師となり、目の前の生活に追われた。ただ、4年間の体験は無意識に脳裏に刻まれていた。

 ほぼ毎晩、夢に抑留時代の仲間が出てきた。自分もなぜか再びシベリアに抑留され、新しい収容所の建設作業に駆り出されている。激しくうなされ、ロシア語で寝言を繰り返した。

 「けれど、そこまで考えたり思ったりできるのは自分が生き残ったからだ」。昭和44年、墓参のため、復員以来初めてハバロフスクを訪問。同じ抑留者でも、生還した者と死んだ者との差に愕然(がくぜん)とし、墓前で号泣した。

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