眠れぬ墓標

第2部 激戦の南島(5)慰霊 「日本で死にたかったろう」悲しみ継承

 青い空、はるか日本に向けて広がる水平線-。7月、パプアニューギニアを訪れた戦没者の遺族たちは、南国の風景の中で、壮絶な戦いの末に命を失った肉親に思いをはせるとともに、自らのアイデンティティーも見つめ直した。

 「おじちゃん、来たよー。なかなか来られなくてごめんな。連れて帰るよー」。河村英夫(78)=和歌山県=は、万感の思いで海岸から密林に向かって呼びかけた。「聞こえてるよなー」。同行した元兵士も一緒に叫んでくれた。

 パプアニューギニア北西部のウエワク地区から車で約4時間。母方の叔父、志野久米一(くめいち)は昭和19年8月、この地で24歳で亡くなったとされる。天候が変わりやすい地域で、路面状況によっては途中で引き返す可能性もあったが、何とかたどり着くことができた。河村は、ここまで来られたことを喜んでくれた同行者の一人一人に頭を下げた。

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