眠れぬ墓標

「餓島」の慟哭(1)軽かった白木の箱 遺骨置き去り 「英霊」帰還

ガダルカナル島で戦死した父について語る中屋敦夫さん=神戸市東灘区
ガダルカナル島で戦死した父について語る中屋敦夫さん=神戸市東灘区

 昭和18年の初夏。まだ国民学校の2年生だった中屋敦夫(79)=神戸市東灘区=は、母と2人、神戸から当時自宅があった和歌山県直川村(現和歌山市)へ向かう列車に揺られていた。前年の12月末、ガダルカナル島で戦死した父、誠一=当時(29)=の「遺骨」を神戸港で受け取った帰り道。白木の箱が母の手の中に収まっていた。

 誠一は15年末に出征し、そのまま他界した。幼かった中屋に父の記憶はほとんどない。ただ、遺骨が納められているはずの箱が軽かったという感触は残っている。後日、母がつぶやいた。「あの箱には、ひとつまみの髪の毛が入ってた。本当にあの人のものかどうかは分からん」

 自宅最寄りの六十谷(むそた)駅に降り立つと、大勢の村人が道に並んで「英霊」となった父を迎えた。みな涙ぐみながら、中屋が抱えた白木の箱に手を合わせた。村を挙げての葬儀も営まれた。

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