眠れぬ墓標

インパール作戦70年(上)「靖国街道」絶望の敗走 遺体の山「地獄やった」

高野山・奥の院の「ビルマ方面戦没英霊納骨塔」前で営まれた慰霊祭。戦死者の冥福を祈った=7月20日、和歌山県高野町
高野山・奥の院の「ビルマ方面戦没英霊納骨塔」前で営まれた慰霊祭。戦死者の冥福を祈った=7月20日、和歌山県高野町

 参道沿いに樹齢千年以上の杉木立が続き、蝉時雨(せみしぐれ)が降り注いでいた。和歌山・高野山の奥の院。7月20日朝、ビルマ(現ミャンマー)のパゴダ(仏塔)を模した「ビルマ方面戦没英霊納骨塔」の前で、竹中直樹(95)=京都市北区=は約80人の参列者とともに、静かに手を合わせた。

 塔には、第二次大戦中にビルマで戦没した日本将兵の遺骨が分骨されている。高野山で営まれる慰霊祭は今回で49回目。毎年参列している竹中は、強い日差しが照り付ける参道を、つえをつきながら一心に歩んだ。

 「みんなあそこで死んでしもうた」。ちょうど70年前、陸軍第15師団(通称・祭(まつり)兵団)歩兵60連隊の兵士だった竹中は、ビルマの山地を歩いていた。「(中国大陸では)負けること知らんかったから喜んで行ったら、とんでもない所やった。地獄やった」。竹中は、大戦で最も無謀といわれたインパール作戦からの数少ない生還者の一人だ。

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