日本はなぜ対米戦に踏み切ったのか 経済学者たちの見通しと意思決定の偏り

秋丸機関で英米との国力差などを分析した有沢広巳。戦後は東大教授として経済政策の立案に関わった=昭和37年
秋丸機関で英米との国力差などを分析した有沢広巳。戦後は東大教授として経済政策の立案に関わった=昭和37年

 令和初の終戦の日を迎える。米国との圧倒的な国力差があったのに、なぜ日本は開戦したのか。当時の政府首脳が無知で非合理的だったから、とする一般的理解を覆してその真相に迫った新研究『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(新潮選書)が今年の読売・吉野作造賞を受賞するなど話題を呼んでいる。著者の牧野邦昭・摂南大准教授に、現代にも通じる歴史の教訓を聞いた。(磨井慎吾)

合理的な見通し

 同書がまず注目するのは、陸軍の秋丸次朗主計中佐が組織した陸軍省戦争経済研究班(通称「秋丸機関」)と、その報告書だ。同機関は第二次大戦が始まった昭和14年に結成され、戦後に東大教授として経済政策立案に活躍した有沢広巳をはじめとする俊英を多数起用し、参戦判断の材料となる英米独など列強の国力分析を実施。開戦直前の16年夏に英米の経済力の巨大さを示す報告書を提出したが、有沢の戦後の証言によれば、この報告書は「国策に反する」とされすべて焼却処分となった、という。

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