
川崎市でスクールバスを待つ小学生らを男が刃物で次々に襲い、多数を殺傷して自殺するという衝撃的な事件が起きたのは5月28日朝のことだった。この事件を受けてテレビのコメンテーターらが「死にたいなら一人で死ねばいい」などと発言したことから、「社会で孤立状態にある人らを絶望に追い込むから、そのような発言は控えるべきだ」といった反論が起き、テレビやネット上では賛否二分の大論争となった。
▼不適切なのか
この種の論争ではしばしば、受けを狙ったかのような挑発的な発言をする著名人や、SNSを感情のはけ口とする匿名の投稿者らも見られるため、論争に加わるのは至って気が進まないのだが、3カ月余が過ぎて川崎の事件も市井の話題から遠ざかりつつある今頃になって、なぜか、「死にたいなら…」という言葉の正当性について一度、じっくりと考えてみたい気がしてきたのである。発言ははたして非難されるほどに不適切だったのか-と。