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大仏造立控え急ごしらえ? 紫香楽宮に謎の巨大建築物 滋賀・甲賀市

紫香楽宮跡から出土した礎石。甲賀寺の遺構とされる=滋賀県甲賀市信楽町黄瀬・牧
紫香楽宮跡から出土した礎石。甲賀寺の遺構とされる=滋賀県甲賀市信楽町黄瀬・牧

 奈良時代中頃に、聖武天皇(701~56年)が造営した紫香楽宮(しがらきのみや)(滋賀県甲賀市信楽町宮町など)。短い間に都を次々と遷(うつ)し、「聖武天皇の彷徨(ほうこう)5年」といわれた時期で、わずか半年間という短命の都ながら、詔(みことのり)によって大仏(盧舎那仏)造立がスタートした地として知られる。その造立場所(甲賀寺)近くから、巨大な建物遺構が出土している。宮殿か、それとも寺院に関係するのか。平城京の中心施設にも匹敵するサイズの「謎の建物」は、一方で、短期間の“突貫工事”だった痕跡も確認されている。

(編集委員 上坂徹、写真も)

斜面にそのまま

 

 巨大な建物遺構が確認されているのは、大仏造立のために創建された甲賀寺(史跡紫香楽宮跡内裏野地区)の北約300メートルの地域(東山遺跡)。その北約1・5キロには、天皇の住まいである内裏や政務をとる大極殿、朝堂などが並んだ紫香楽宮の中枢部分がある(宮町遺跡)。南北42メートル以上、東西15・3メートルの掘立柱建物で、東西両面に廂(ひさし)を持つ。床を支える束(つか)柱の跡があることから、全面床張りだったとみられる。南北限を示す妻柱(つまはしら)が確認されていないため、南北方向にはさらに長く延びていた可能性が高い。

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