歴史シアター

秀吉に天罰か 豪華絢爛の指月伏見城 改修後に地震で崩壊

指月伏見城跡から出土した金箔瓦。城だけでなく武家屋敷も金箔瓦がふかれていた
指月伏見城跡から出土した金箔瓦。城だけでなく武家屋敷も金箔瓦がふかれていた

 天下を統一した豊臣秀吉(1537~98年)が京都・指月(しげつ、京都市伏見区)に築いた伏見城(指月伏見城)。その内堀は徳川家康が築いた二条城をはるかに上回る幅30メートル以上だったことが発掘調査によってわかり、当初予定していた隠居屋敷から、本格的な城に大改修していた実態が明らかになった。中国・明からの講和使節を引見(いんけん)する場とするために、壮大な城に造り替えたようで、城だけでなく、武家屋敷も金箔(きんぱく)瓦で覆い、絢爛(けんらん)たる街並みを構成していたとみられる。が、入城からわずか2年。歴史的な激震(慶長伏見地震)が、すべてを消滅させたのである。

  (編集委員・上坂徹)

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