歴史シアター

大坂城陥落 豊臣家滅亡で見せた家康の配慮 

保存修理工事が完了して往時の姿を取り戻した宝厳寺唐門。豊臣大坂城の唯一の遺構だ
保存修理工事が完了して往時の姿を取り戻した宝厳寺唐門。豊臣大坂城の唯一の遺構だ

 豊臣氏を滅亡させた大坂夏の陣(1615年)で、徳川方の激しい攻撃に遭い落城、消滅してしまった大坂城(大阪市中央区)。その豊臣の城にあって、唯一の建物遺構と確認され、注目を集めているのが琵琶湖・竹生島(ちくぶしま)(滋賀県長浜市)にある宝厳寺(ほうごんじ)の「唐門」(国宝)などだ。古来、霊地といわれた周囲2キロの小島に残る豊臣秀吉の〝遺産〟だが、実は家康からの寄進によって、生き残ったことが文献から明らかになっている。秀吉の死後、大老として豊臣政権を支えた家康の配慮なのか。天下取りを明確にする直前の複雑な思いが、垣間見える。                     (編集委員・上坂徹)

■唯一の遺構

 極彩色に彩られた牡丹(ぼたん)唐草の彫刻が映える巨大な扉、虹梁(こうりょう=梁(はり)=には鳳凰(ほうおう)や松などが刻まれる。鍍金(ときん)された飾金具がちりばめられた宝厳寺の「唐門」は絢爛(けんらん)豪華な桃山様式を表現する。奥に隣接し、千手観音を安置する「観音堂」(重要文化財)、その先に延びる低屋根と高屋根の二棟の「渡廊(わたりろう)」(渡り廊下、同)が都久夫須麻(ちくぶすま)神社(竹生島神社)本殿(国宝)とを結んでいる。

 滋賀県は7年がかりで、「唐門」「観音堂」「渡廊」の保存修理工事を実施。屋根を覆っていた檜皮(ひわだ)を葺き替え、漆塗り部分はほぼ全面塗り直した。彩色部分はレーザー測定により顔料や模様を分析し、往時の色を忠実に再現、模様も鮮やかによみがえらせた。工事は今春、完成したが、修理に伴う調査で、唐門、観音堂、渡廊は構造上の共通点などから、もともとは一体の建造物だった可能性が極めて高いことが分かった。