「金閣寺」もうひとつの舞台、舞鶴 主人公になりきった三島由紀夫の取材行

有為子が石段を昇る光景が描かれた金剛院=京都府舞鶴市
有為子が石段を昇る光景が描かれた金剛院=京都府舞鶴市

 三島由紀夫が昭和31年に発表した小説「金閣寺」は、昭和25年7月に起こった京都の国宝・金閣放火事件と犯人の青年僧に題材をとった。そこには三島独自の美学や世界観が濃密なまでに展開され、現実の事件とは似て非なる物語が構築されている。しかし、「金閣寺」には、机上の論理だけでなく実際に足を使って得た成果も反映されている。主人公の「私」溝口が、金閣を焼く決意を固める京都府北部の舞鶴・由良(ゆら)への旅の描写は、三島自身の姿も垣間見える興味深い記述に満ちていた。  (荒木利宏)

再生されていく有為子の横顔

 「金閣寺」の主な舞台は京都市内に集中している。しかし、主人公の生まれた場所が舞鶴近郊の岬に設定されている関係上、この地域の持つ比重は非常に大きい。第一章で登場する舞鶴の金剛院も作品の中で重要な位置を占める場所だ。溝口が思いを寄せる女性、有為子(ういこ)が恋人の脱走兵をかくまって憲兵に追われ、脱走兵とともに命を落とす場面の舞台となるのだが、溝口に与えた影響は大きく、その後も死んだ有為子のイメージは何度も作品の中で再生される。

 憲兵に促され、脱走兵が隠れている「空御堂」へと続く石段を有為子が上っていく描写は、「金閣寺」の中でも印象的な場面のひとつだ。

 《有為子一人が、石灰石の百五段の石段を昇って行った。狂人のように誇らしく。……黒い洋服と黒い髪のあいだに、美しい横顔だけが白い》

 同院の松尾義空住職によると、三島が取材で訪れた当時、寺は無住で荒廃しており、案内できる関係者は誰もいなかった可能性があるという。