歴史シアター

実弟を溺愛 最初の斎王・大来皇女ゆかりの施設か 

斎王を支えた平安時代の「斎宮寮庁」の復元建物=三重県明和町
斎王を支えた平安時代の「斎宮寮庁」の復元建物=三重県明和町

 古代から中世にかけて、天皇に代わって伊勢神宮に仕えた皇女「斎王」の宮殿があったとされる三重県明和町の斎宮(さいくう)跡(国の史跡)で、飛鳥時代の施設を囲むように建てられた掘立柱塀のうち、北西角にあたる塀の遺構が、三重県立斎宮歴史博物館による発掘調査で見つかった。これにより塀は東西幅約42メートルの長方形で、東寄りの斜方位の区画を形成していたことが確認された。こうした遺構は制度上、最初の斎王とされる天武天皇の第一皇女、大来皇女(おおくのひめみこ、661~701年)が伊勢に赴いた時期に近く、区画内で出土した遺構の状況などから、斎宮に関係する施設だった可能性が指摘される。謎に包まれた初期の斎宮の様子はどうだったのだろうか。         (編集委員 上坂徹)

東西幅42メートル

 調査は、史跡指定地域の西部、近鉄山田線のすぐ北側で実施。その結果、深さ約70センチ、直径約30センチの掘立柱塀の柱穴が出土した。塀跡は東西に約5メートル、南北に約4メートル延びていたことから、塀の北西角にあたることが分かった。すでに見つかっている塀の北東角の位置と突き合わせると、塀の東西幅は約42メートルと確認された。南北幅はこれまでの調査で55メートル分を確認。さらに延びる可能性が強い。この塀区画は東西南北の正方位ではなく、東に32~36度傾く斜方位の長方形区画だった。