歴史の転換点から

(4)『大日本』『世界政治の中の日本』-英国発もう一つの「坂の上の雲」が描く国民の歴史 

名作『坂の上の雲』の主人公の一人、秋山好古(秋山好古大将伝記刊行会『秋山好古』から)
名作『坂の上の雲』の主人公の一人、秋山好古(秋山好古大将伝記刊行会『秋山好古』から)

 「海軍の連戦連勝は国民をして狂喜せしめたり。陸軍の進発も氷の為(ため)妨げられしが漸次出発、大決戦の時機も数月の後に可有之(これあるべく)候。/余の出発は未定なれども遼東以北作戦の予定故(ゆえ)、或(あるい)は五月頃にならんと相待ち居(お)れり/参謀の要務は円転滑脱(※)、上下の間に於(お)ける油となり、有終の成功を期するにあり。功名を断じて顕(あら)はすこと勿(なか)れ」

 日露戦争の勃発から12日後(両国の正式な宣戦布告から10日後)にあたる明治37(1904)年2月20日、騎兵第一旅団長だった陸軍少将、秋山好古が第一艦隊参謀だった弟の海軍少佐、真之にあてた私信の冒頭部である(仮名遣いなど一部編集)。秋山好古大将伝記刊行会編『秋山好古』に準拠したが、司馬遼太郎の代表作『坂の上の雲』でも引用されている。ご記憶の方もおられよう。

日露開戦前後

 「ロシアに対して日本の政治家たちは、日露関係を穏当に維持してゆきたいとの意思をことあるごとに明らかにしてきた。事実、この非常に困難な国際環境下における彼らの自制心については称賛の言葉すら見つからない」

 わが国の「近代科学技術教育の父」である英国人、ヘンリー・ダイアーが日露開戦の年の晩秋に発表した大著『大日本』の記述(第17章「外交」)である。