平成24年12月の第2次内閣発足以降、幾度となく毀誉褒貶にさらされ、支持率の上下動を繰り返しながら7年8カ月に及んだ安倍晋三政権。元号も平成から令和に移り変わる中で、世相や民意はどう変化したのか。佐藤卓己・京都大教授(メディア史)、先崎彰容・日本大教授(日本思想史)、マーケティングアナリストで若者文化に詳しい原田曜平氏に聞いた。
「支持率政治」で安定の功罪 佐藤卓己氏
第2次安倍政権が何をやった政権かを一言でいえば、世論調査での内閣支持率が3割を切らないことを最大の努力目標にしていた政権、となるでしょう。
もともと14年前の第1次政権も、基本的にはポスト小泉(純一郎元首相)候補の中では若くて国民の期待感があり、高支持率が見込めるといったある種の人気投票的な面で誕生しました。そこから世論調査主導型政治が本格化した。それまで支持率が2割を切ると政局になり、首相の交代が繰り返されてきた。1次政権以降、日本の政治はおおよそ内閣支持率の動きで読める時代になりました。